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「志村けんさん 死去」

 3月29日、志村けんさんが亡くなった。
死因がどうとか騒ぐつもりは毛頭ない。
問題はあの志村けんがこの世を去ったということだ。

 わざわざ分析するものではないが、これを機会にちょっと考えてみた。

 私も「8時だよ!全員集合」世代ど真ん中。
ドリフターズをあそこまでのスターにしたのはもちろんメンバーひとりひとりのキャラと貢献があっての事だが、やはり志村けん無くしてその成功、ブームは無かったろうし、今のお笑いも形を変えていたかも知れない。

 当時からPTAだの教育なんちゃらから下品だの物を粗末にするなだの叩かれていたが、結局国民達はその虜になった。
今となってはドリフターズを悪く言う人はそうそういないでしょう。
古典芸能などとは一線を画す”何も考えず本能で笑える”そのコント達は私の中でも財産です。
さっきまで頭にあった面倒な悩み事がこのコントを見始めるといつの間にかすっかり忘れていた。
ただふざけている訳ではない計算されたお笑いを、そうは見せないという高等技術だと思う。

 また、ドリフターズの一番の貢献は、戦後の苦悩から続く日本国民の”まともな人間はこうあるべき”、”ふざけるのは悪いこと”、”右へならえ!”という洗脳をいとも簡単にひっくり返した事だと思う。
言い方を変えれば、見えない圧力からの”日本国民の解放”といっても過言ではない。
お笑い以外の部分の言動や逸話などを見ても、好きな芸人タレントは数々あれど、尊敬できる人は志村けん位だろうか。

 志村けんさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

「しかし、酷い・・・」

 新型コロナウィルスが猛威をふるっている(?)らしいが・・
どうも噂が事実を通り越して一人歩きしているように見えて仕方がない。


私はニュースやらワイドショーやらはほとんど見ないのですが、どうやら甲子園まで中止になったらしい。
特に野球に何の思い入れもありませんが、小さい頃からこの為に頑張ってきた球児達の気持ちを考えると何ともいたたまれない気持ちと共に、「他にやりようがあるだろうに。」という憤りを覚えるところです。


 もちろん、お亡くなりになった方々はお気の毒だとは思いますが、この報道の仕方はどうだろう。
死亡率にしてもインフルエンザや風邪(肺炎)との比較をする訳でもなく、ただただ ”怖い”というイメージを助長するネタばかりを垂れ流し、それによって起こったパニックに対して何の責任も取らない。


 ちなみに、風邪菌というものはなく、いくつもの種類のウィルスによる感染症の総称が風邪です。
そして、その中で一番多いのが「コロナウィルス」だそうです。現在世界を騒がせているウィルスはそれの新型というだけです。
その新型は特別恐ろしいものではないことは誘導報道を見ていても分かることです。
もっと恐ろしい病気は数知れずあるというのに。
しかし、そう言うとまた叩かれます。
「不謹慎」という言葉の武器を使って。

この「不謹慎」という言葉がどれだけの自由を奪い、世間を狂わせてきたことか・・・
もちろん本当の不謹慎はだめですが、いつも思うのは何でもかんでも「不謹慎」という言葉を使えば正義であるという錯覚に踊らされてやいまいか・・・ということ。


この国の報道はまったくもって信頼するに値しないと思います。
国民ではない何か(想像は出来ますが)に忠誠を誓っているこの国の報道。
まずは記者クラブの解体が必須ではないかと思います。


 この騒動、おそらく何らかの為に起こした事が予想を上回る規模の騒ぎになってしまい、今になって収束の仕方が分からず困っているというところでしょう。
あとひと月かそこらで、オリンピックに合わせて収束宣言するのではないでしょうか。
・・・これも「不謹慎」でしょうか・・・

「みんなに見て欲しい」

 反日・反韓・嫌韓・・・
そんな言葉がまるでそれが双方の総意であるかのように聞こえてくる毎日。

確かに韓国は酷い、やりすぎ・・・そんな印象も無いとは言いきれないのは事実。
私の周りにも韓国を批判する人はいる。
しかし、日本人はテレビで見る韓国の反日ほど度を越えたものではない。
韓国人が話しかけてきたからといって嫌悪感を示す日本人はそれほどいないと思う。

なので、どちらかと言えば韓国の方が態度が悪い・・・
それが私の以前の印象だった。
私だけではなだろう。
しかし、テレビのようにフィルターがかかった媒体を無視し、ネットなどで調べてみると、実際は意外と韓国の方々も反日ではなかったり、むしろ親日であったり、印象とは全く違った部分が見えてくる。
特に若い人達は積極的に日本の文化を学んでくれているようだ。

 それをなぜ日本のメディアは報じないのか。
もちろん一部の権力者達の思惑通りに進める為の誘導であろう。
それをまんまと信じる国民・・・

これって、韓国のことを言えるのだろうか。
まったくもってやってることは一緒ではないか。
鵜呑みにしている国民も同罪とまでは言わないが、無責任だと思う。
以前の私も同じく・・・

 結局お互いの政府(権力者)が国民を煽っているだけの事。
そんな中、日本の小学校の先生が危険をかえりみず勇気ある行動に出た。
韓国へ自ら出向き、「仲良くしましょう」と、無料でコーヒーをふるまう。
そして、なんと、韓国での反日デモの会場へ飛び込み、目隠しの無防備状態で「日韓双方友好を望む人がたくさんいるはず。日本人の私を信じてくれる方はハグを。。」と両手を広げて立ったのだ。

 私のメディアによって知らされてきた韓国人は、「心の底では反日まで思ってなかったとしても、それを出すと周りから叩かれる。だから日本人とは関わらない。」、そんな感じだ。
言うほど日本人を嫌ってはいないとは思ってはいたが、おそらく反日デモを前に近づくことはないだろうと思っていた。

 ところが、・・・
次々とハグをしてきてそれを見ても怒る人はいない様子・・・
中にはハグしながら泣き出す男性もいた。
私も見ながら涙が止まらなくなりました・・・


 誤解。誤解。誤解・・・
政府やメディアの垂れ流すデマ情報で、双方の国民達はこんなにも我慢していたのだと、気づくことが出来ました。
この「くわまんTV」さん、これは偉業だと思います。
どんどんこの真実を子供達に伝えていって欲しいと思います。
結局こういった問題はマイナス要素を教え続けるからダメなのだと私は思います。
でも、でも、でも・・・
真実を、真実を、真実を・・・

真実なんて分かる訳がないと私は常々思っています。
残った文献や言葉なんて統一した見解ではない以上全くの無意味。
私は歴史の教科書自体ほぼほぼ信じていません。
異なる内容の文献や見解が存在する以上、解決なんかするはずもなく、また、解決方法自体存在しない。
世界が信頼する唯一無二の文献でもない限り、歴史上の問題の解決など出来るわけがない。
もっと言うと、解決できないから権力者がいつまでも引きずって金や政治的カードに変えられるのでしょう。

 日韓双方の我々国民はそれらを置いておいて、お隣さん同士仲良くやっていきたいものです。
我々が目を覚まさなければ・・・

 動画の拡散を希望します。




「正しい知識を持つ者⑤」追伸

 「正しい知識を持つ者」シリーズについて追伸・・・

 この世を楽しく生きていく為に、研究者の方々の知識をたくさん頂いて活用しましょうというお話をしました。
大雑把におさらいすると、我々一般人は、人生をかけて見つけ出したあらゆる専門家の知恵・知識をいとも簡単に手にする事ができる時代になったということ。
あとは、無数にある情報の中からいかに自分に必要な、また、正しいものを選び出すかが必要があります。
そこで大きなミスをしない為に、気をつけておかなければならない事があります。
それは、特定の人の考えをまるまる信じないことです。

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 よくあることですが、例えば著書をきっかけにある専門家を信頼しファンになったとします。
これが非常に危険なんです。
あくまでも専門家はある特定の事柄に対しての権威な訳で、他のことに関しては我々と何ら変わりないのです。
誤解を恐れずに言うと、むしろ特定の方向に偏った人生を歩く人ほど我々にとっての常識的な事が不得手になったりします。
専門家であろうと、能力のキャパは我々とさほど変わらないはずです。
仮に能力の元々高い人であっても、よく見ていないことは分かりようがありません。

 しかし一度信用しファンになると、「この人の言うことは正しいに決まっている」と無意識に思ってしまいます。
ここは本当に気をつけなければいけません。
私も「この人は凄い。頭がいい。この人の言うことをすべて正しいはず。」と思った事があります。
しかし、色々と知っていく中で分かったのは、「やはり、全て分かっている人なんか一人もいない」ということです。
この人はこの部分は正しい。しかしこの部分はこっちの人の方が正しい。だからこの部分とこの部分を頂けば正しい知識だけが身につく・・・という事になります

 この辺をファンだとかいう気持ちを捨て、冷静にクールに判断することが非常に大切になります。
それらを精査して、正しいものだけを選んでチョイスする”自分こそが一番正しい”と思うくらいで良いと思います。
いつでもどこでもそれを意識して生活したいと感じます。

「正しい知識を持つ者④」

      「正しい知識を持つ者④」・・・・正しい知識を持てる者

 ここまで、この世を生きていく中で正しい知識を持つ人達、専門家・先生・第一人者と呼ばれる人達の話をしてきました。
実際には、”現状一番正しいであろう知識”とした方が良いでしょうか。
専門家が必死で見つけてきた知識も年月が進むにつれて更新されていくでしょうが、出来るだけ最新の知識を取り入れるという話です。


 そう考えると、我々一般人は程遠いところに生きているというイメージがあると思います。
しかし、これが逆であるということに気づきました。
もちろん一般人は最新の情報を真っ先に取り込むことは出来ません。
真っ先は専門家本人ですから。


 ところが、これらの情報はいずれ公開されます。
公開されなければ功績も残りませんから研究者としては必ず世に出すことでしょう。
すると、この専門家は自分の見出したものを知るだけで、他の何を知るものでもありません。
それに打ち込んできた訳ですから。
そして、このような専門家がこの世にはジャンルの数以上にいるわけで、このネット時代にはその素晴らしい功績が無数にばら蒔かれています。
我々は選択する術さえ身に着ければ、それらの知識をただでジャンルの数だけ手に入れることが出来るわけです。
自分では得ることが出来なかった知識を、自分は何もしなかったから(と言っては語弊がありますが)その間に多くの知識を取り込む事ができるのです。
とにかく健康で楽しく生きていく為に必要な情報を探して取り込みながら生活すれば、専門家よりも沢山の専門知識を使いながら。

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 健康・学問・技術・心理・超常現象・哲学・・・・
あらゆる知識を得て楽しく生きられるのは、有意義な情報をたくさん得る術を知る一般人ではないかと思うのです。
ここで言う一般人は経済的な意味ではなくて、何かに偏った生き方を(悪口ではないです)していない人という意味です。
研究に人生をかけている方々には本当に感謝です。



 特に健康面や、仕事などの事については本気で正しい知識を得る努力をした方が良いと思います。
この先、今までの感覚では満足に生活していけないような気がします。
頭を使って生きる人と頑張りだけで生きる人では大きく人生が変わってくるはずです。
努力が報われる時代は終わったとでも言いましょうか。
体資本ではやっていけない時代はもう来ていると感じます。

 その時代を生き抜くには知識量がほぼ全てと言って良いと思います。
このブログでも出来るだけ多くの情報を載せられるよう頑張ります。
逆に、私の知らない知識をたくさん教えて頂きたいと思います。
以前やっていたブログでも読者の方々にはたくさんの情報を与えて頂き、それだけでも人生変わったと感じます。
では、とにかく辛いことも含めて楽しい人生を目指して行きましょう。

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